つぶやき

【鰻対決】最高級鰻の「せしも」と、オレたちの「吉野家」、どっちが美味い?両方食べてみてわかったこと|合同会社コノチカラ

共水ウナギという特別な素材を使用しているこちらの画像が名店「せしも」の鰻重

 

肉厚でフカフカで美味しかったなあ。

2ヶ月ぐらい前のことだったろうか。

 

 

 

つい先日、土用の丑の日だということを深夜に気づき、今日中に食べなければと思って入った吉野家の鰻重はこちら。

 

美味そうだ。

 

せしもの鰻も、吉野家の鰻も、画像を見る限りどちらも美味そうに見える。

 

実際のところ、どちらも美味い!

 

ただ、両方食べてみてわかったことがあって。

 

 

「一緒に食べる誰か」のスパイスが強大なので、実際のところ、どちらも美味い!となってしまう。

 

 

せしも鰻と吉野家の鰻とを独りで食べ比べしたとしたら、これはもう圧倒的にせしもの鰻が美味い、となるはず。

”土用の丑の日だから鰻重にしたけれど、普通に牛丼でよかったなあ”と吉野家で独り言ちるかもしれない。

それは、わかる。

 

 

でも、誰と一緒に食べるかによって、感じる”美味い!”は変わると思っていて。

 

それだけ、「一緒に食べる誰か」のスパイスは強い。

 

 

そういう意味で言えば、せしもの鰻も、吉野家の鰻も、残る印象は”美味しかったなあ”、だ。

 

来年の土用の丑の日

 

去年の土用の丑の日、鰻食べたっけ?!

 

となったときに思い浮かべる情景は、その日が終わるギリギリのタイミングで一緒に食べた吉野家の鰻

 

”美味しかったよねえ”

 

 

もちろん、”一緒に食べる誰かスパイス”でも負けるときはある。

”これは店間違えたね!”、ってなることも。

 

しかし、それもまた一興

なぜかというと。

「食事」という行為が大切な時間となっているから。

 

 

何が美味いか、何が美味くないか、は五感、全ての感覚が創り上げるものなんだね。

それを知った。

せしもの鰻と吉野家の鰻を食べてみて。

 

 

ゴミ処分場のゴミの真っただ中で最高級の鰻重を食べても、美味しくはないだろう。

大切な誰かを亡くしたそのときに最高級の鰻重を食べても、味なんて感じないだろう。

 

 

”一緒に食べる誰かスパイス”があればほとんどどんな食べ物でも美味しくなるし、楽しくなるし、「食事」という行為が大切な大切な時間になる。

 

この時間、もう絶対にかえってこないからね。

 

舌で感じる味だけではなく、食事、という時間も味わえるようになると人生は充実する。

それもわかったこと。

 

 

合同会社コノチカラ代表社員阿部隆昭